ブサイクこそ、世の中に必要であると確信する7つの理由

ブサイクこそ、世の中に必要であると確信する7つの理由

ブサイクとイケメンや美人の違いといえば・・・外見でしょうか。基準はとても難しいもので、人の見方によっては同じ容姿を見ても「ブサイク」と「イケメン」または「美人」に分かれてしまいます。人の基準はあいまいな部分が多いのです。

ですから、どちらも世の中には必要な存在といえます。しかし、どうしても世の中で俗にいう「ブサイク」は必要ではないと言葉にされてしまいがちです。しかし、実際にそんなことはありませんよね。「ブサイク」の良さはたくさんあります。

デリケートな問題で「ブサイク」だからと卑屈になっている方も多いでしょうが、堂々と胸を張ってほしいとの願いから、今回はブサイクがこの世の中に必要な理由を7つお伝えします。



 

ブサイクこそ、世の中に必要であると
確信する7つの理由

 

「ブサイク」と自分を蔑視することにより周囲との争いを避ける


ブサイクと自分のことを友達の前で蔑視したことが一度でもありますよね。容姿は誰もが気にする部分でもあり、他人と比べる対象となるものです。ブサイクの基準が人それぞれ違うため、実際はブサイクでなくても人は「ブサイク」を作りたがります。

そして、ブサイクが存在するということで安心感を得るものです。自分に自信がない場合に「ブサイク」を用いることにより、周囲と調和も図りやすくなり人間関係が円滑になっていきます。

 

「ブサイク」は美意識の現れ


ブサイクは、美意識の表れでもあります。整形もいわゆるブサイクな部分を直したいとの思いから行う行為ですよね。自分にとってコンプレックスを失くしたいという願望が高まる気持ちは、向上心の現れでもあります。他人よりも自分自身に対する容姿の目は厳しいものです。

ブサイクだと思うことで、自分をもっと良く魅せたいと努力する心を持てることは素晴らしいことです。美意識が人一倍強いということは、磨けば必ず光る原石の持ち主です。

 

「ブサイク」は個性の尊重


ブサイクでも付き合っている異性は、「イケメン」や「美人」が多いなんて話もよく耳にしますよね。ブサイクだから、彼女や彼氏ができないわけではありません。反対に容姿が整っていても、彼女や彼氏ができるわけでもありません。すべてはお互いの相性にあるものなのです

むしろブサイクは個性を尊重するには絶好のチャンスです。特徴があるからこそ、人は印象を残します。あとはどれだけ自分を演出できるかで、ブサイクなのか個性的なのかが分かれるでしょう。

 

「ブサイク」の箇所があるだけで人の痛みがわかる


性格でも容姿でも、ブサイクな箇所が一つでもあると他人の痛みや辛さを身に染みて感じることができます。完璧な人間ほど、他人の気持ちに気づかないことが多く、相手を傷つけてしまう行動や言動に出やすいのが悲しいところです。この時点で、人はすべてブサイクなのです。

心のどこかに抱えているブサイクな部分こそが、本来の人間のあるべき姿なのかもしれませんね。ブサイクが思いやりや優しさへと必然に繋がっていき、人を成長させてくれます。

 

「ブサイク」は自分の安心できる逃げ場


ブサイクという言葉は、嫌な言葉ですがときに自分の逃げ道として使うことがあります。ブサイクを理由に逃げたくなるときは、ダイエットなど自分自身で努力をしなくてはいけないときです。「ブサイク」はネガティブな思考に負けてしまうときの言葉といっても過言ではありません。

ブサイクだから許されるものなどないのです。しかし、誰でも自分に逃げたくなるときくらいありますよね。頑張りすぎも良くありませんが、自分に甘えることも時には必要です。

 

「ブサイク」だからこそ欠点も見え協調性が生まれる


ブサイクだからこそ、見えてくるものがあります。容姿以外にもブサイクは存在します。性格やセンスなど、あらゆるものにブサイクは溢れています。だからこそ、目を反らしたくなるほどに欠点として見えてしまうのです。自分の欠点も、他人の欠点もブサイクという枠組みで捉えてしまいます。

自分だけでなく他人の欠点を見つけることができるということから、それぞれを補おうとする協調性が本能的に働き、集団となり仲間意識が強くなります。

 

「ブサイク」は遺伝でもありなくならないもの


ブサイクは遺伝子の作りが原因なので、なくなるものではありません。ブサイクの遺伝子を変えたくて、イケメンや美人と結婚し子供を授かる方もいるでしょう。しかし、それは進化するだけであってブサイクの根源は消えません。ですから永遠とブサイクは遺伝子として生き続けるのです。

これは、生物学的にも言えることであり、自然現象なのです。遺伝子組み換えされたクローン以外、完璧な人間は存在しないという証明にもなるでしょう。

 

ブサイクは人の価値観であり、ブサイクを語ることは論外だという方や不平等だと嘆く方も多いことでしょう。しかし、どんなに容姿や性格が完璧でも、すべてがそろって完璧な人間ほど周囲は怪しむものであり、心よく思わないのも事実でしょう。どこかブサイクな部分を探すようになるでしょう。

このように、ブサイクな部分を見つけ出すことによって自分の存在意義を確信していくのです。ですからブサイクという便利なキーワードはなくなることはありませんし、この世界には必要な存在のです。容姿、性格などいろいろな人がいるからこの世の中は成り立っていますし、個性が引き立ちます

どこか愛嬌のあるブサイクの方が、自分らしく活き活きとして見えますので、堂々と人生を謳歌していきたいものですね。

 

まとめ

ブサイクこそ、世の中に必要であると確信する7つの理由

・ブサイクと自分でいうことで周りとの距離感が近くなる
・ブサイクだと感じるのは美意識が高い証
・ブサイクと感じているだけでそれは個性的ということ
・ブサイクだからこそ他人の痛みが理解できる
・ブサイクという自分だけの逃げ道
・ブサイクだからお互いの欠点が見えて協調性がうまれてくる
・ブサイクは遺伝子の作りの問題